『吐田君に言わせるとこの世界は』 渡辺浩弐

吐田君に言わせるとこの世界は

吐田君に言わせるとこの世界は

ミルクと睡眠。それだけで人って生きていけるんだよ。単純なんだよ。いろんなこと考え込んだり悩んだりすることないってば。

吐田進君は、ひきこもり。
生きることも、死ぬことも嫌になった彼は、家に籠もったまま暮らす、という生でも死でもない、『自分を静止させる』という新たな道を発明したのだ。
外に出ることもなく、一生では消化しきれないゲームをプレイしながら、静かに時を過ごしていく吐田君。
しかし、そんなひきこもりな彼の元に、ある夜、運命の女が現れる……?


パンドラに全文掲載された長編の単行本化。
雑誌掲載時に既読済みなのですが…もう一度読み返しても、やはり良い。
自分は渡辺さんの著作では、『ひらきこもりのすすめ2.0』を過去に読んでいまして、その考え方がこの小説にもしっかりと反映されています。しかし、この作品に登場する吐田君は、ひらきこもってるだけでは終わらず、とある一人の女性の介入によって、その先にある地点へと、進まされてしまいます。
この作品、渡辺さんが、不治の病の疑いを告知されたときに書き始めたものだそうで、彼自身の心情の変化が、はっきり読んでとれました。明らかに、『ひらきこもり』のときの渡辺さんとは、何もかもが違います。この作品を読んで思い浮かぶのは、ネットを巧みに使いこなすそれではなく、お客さんにコーヒーを振る舞う、自分がKOBOカフェで実際にお会いした、あの渡辺さんの姿でした。人が『達観する』というのは、まさしくこのようなことを言うのでしょうね。
口ではうまく言い表せないのですが、ラストには、自分自身静かに涙ぐんだりしてしまいました。
淡々と語られていく、吐田君の再生の物語。多くの人に読んでもらいたい、名作です。