『くうそうノンフィク日和』 小柳粒男

くうそうノンフィク日和 (講談社BOX)

くうそうノンフィク日和 (講談社BOX)

何かに示されるように、早朝の地元の高校へとやってきた。そこで目撃したのは、日常が非日常へと確実に変わる瞬間。それに巻き込まれたのは3人の男女だった。
少女は異世界で魔女となった。向こうでデジカメをまわしつつ、大量殺戮を繰り返していた。
少年は殺人者になった。怠惰をむさぼりながら、命じられるままに殺害をこなしていった。
少年はいつもどおりだった。あきれるほどに勉強を重ねつつ、ヤクザや悪徳警官と関わっていた。
とある冬の日から始まった、少年少女の虚構まがいの青春。それが彼らにとって、どうしようもないほど現実であることを知っているのは、バーレストランの雇われ店長だけだった。第1回流水大賞優秀賞受賞作品。


『パンドラ vol.1 SIDE-A』に全文掲載された、小柳粒男デビュー作品。「とにかく日本語の間違いが酷かった」と、世間にたたかれるより先に編集者たちに大いにたたかれて出てきた新人作家さんです。座談会でもそればっかり言ってるから、読む前からもろに不安になって尻込みしつつ読み始めたのですが……メチャメチャ面白かったんですな、これが。
主人公は、片田舎のバーレストランの雇われ店長。その店は地元の高校生の溜まり場となっているのだけど、その常連たちの中でも特に主人公が親しくしてる3人の男女がいた。3人は付かず離れずの親友同士で、店長も3人とそれなりに楽しい毎日を送っていた。けれど、そのうちの2人が突然、異世界の魔女、魔女の騎士となって、こことは別の世界で戦いを繰り広げることになってしまい…という話。
突然自分が非日常に巻き込まれる、という展開はファンタジー小説としてはおなじみのガジェットで、別段新しくはないのだけど、この小説の面白いところは、直接巻き込まれているわけではない第三者である雇われ店長の視点からすべての出来事が描かれているところ。異世界の設定とか、戦わなければならない理由とか、通常描かれるべき『非日常』の部分はほとんど描写されません。定期的に、向こうでの活躍をデジカメで見せに魔女の少女がやってきたり、向こうからやってきた異分子を排除し続ける少年の元へ少女からの言伝を届けたり、親友を連れ戻そうとする少年のマイペースな努力に同行したり。3人を気遣う雇われ店長の、ちょっぴり非日常が混入した日常が、全編に渡って淡々と綴られていきます。
読み終わって思ったのは、なんとなく、滝本さんの『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の雰囲気に近いかな、ということ。まぁ、『ネガティブ〜』は少年が少女の非日常に積極的に関わっていたのに対し、『くうそう〜』の雇われ店長は必要以上の歩み寄りはせず、あくまで日常の中で3人と関わっていたので、必ずしも同じなわけではないけれど。Gen9はハードボイルドのジャンルに疎いので、この作品が座談会で言われたようなファンタジーとハードボイルドの完璧な融合を果たしているのかは正直わかりません。ですが、この小説は、確実にこの人にだけにしか持ち得ない独特の空気の中で、しっかりと完成しているな、と感じました。イメージで言うとなんていうんでしょう、しんしんと雪が降り積もる真冬の無音の夜、みたいな。静かで少し暗くて、でもなんだか充実した感じ。熱く燃え上がらずにただただ静かに展開されていくファンタジー小説。そんな印象を受けました。
言い回しがどことなくぎこちなくて、少々読みづらいところも確かにあるんですが、読み始めるとまったく止まらず一気に読み終えてしまった自分がいました。太田さんは、流水大賞を『どんな賞よりも叩かれる賞にしたい』と言っておられましたが、自分は少なくともこの作品には、叩く要素がまったく見つかりません。『くうそうノンフィク日和』、まぎれもない傑作です。作者の今後に期待もこめての五つ星。不肖Gen9、胸を張ってオススメいたします。ぜひ読んでみてください。
イラストは長月みそかさんですが、明らかなラノベ調の画であるにも関わらず、淡いタッチが作品を全く邪魔していませんね。この人選は正解だったと思います。