『ベン・トー サバの味噌煮290円』


「誰しもに負けると思われている勝負を覆す……それが楽しいんだよ」

金欠にあえぐ高校生・佐藤洋は、ある日ふらりと立ち寄ったスーパーで、なにげなく『半額弁当』を手に取ったところ、突如として強い力に吹っ飛ばされた。そこは、『狼』と呼ばれる猛者たちが、限りある半額弁当を争ってすさまじい闘いを繰り広げる、熾烈な戦場だったのだ。その闘いに魅せられた洋は、そこに居合わせた同級生・白粉花と共に、半額弁当を奪取するため、闘いの中に身を投じようとする。しかし、彼らはこの闘いの中心人物とも言える『氷結の魔女』の二つ名をもつ美少女・槍水仙に完膚なきまでに叩きのめされる。彼女を含む『狼』たちは言う。「弱きは叩く。豚は潰す」。圧倒される気迫を前に、洋が返した言葉とは…。半額弁当を巡って繰り広げられる、学園シリアス・ギャグアクション小説!


腹抱えて笑いました。小説を読んで声を出して笑うとか、どれだけぶりだろうか。
とにかく、半額弁当を巡って繰り広げられる闘いが熱すぎる。流儀を守らない醜いヤツラを『豚』とさげずみ、たかだか数百円安くなるだけの弁当を手に入れるために、死闘を繰り広げる『狼』たち。馬鹿な、愚かな行為に映るかもしれない。けれど、彼らの生き様は渋くて、潔くて、そしてかっこいい。
作中には、『氷結の魔女』やら『魔導士』と呼ばれる高校生やら、単に顎鬚やら茶髪やら、見た目そのまんまの特徴で洋に呼ばれる輩など、数多くの猛者たちが登場します。醜い『豚』を排するために、時に連携を取り、邪魔者がいなくなれば即座に敵同士に戻り弁当を奪いあう『狼』。彼らの、花が言うところの『言わなくても通じる感じ』が、どうしようもなくかっこよすぎます。
たかだか弁当じゃん、とか言ったら、あなたはもうその時点で『豚』になること決定です。言葉じゃ語れない、感じるしかない『何か』がこの小説にはあるんです。
確かに、この小説はコメディです。笑いました。腹抱えるほど笑いました。洋と花の掛け合いとか、回想でしか登場しない哀れな石岡くんのエピソードとか、なんか色々残念な洋の父親とか、筋金入りのドMである内本くんの末路とか、ひぃひぃ言うほど笑いました。
だけど、それだけじゃない。
バカだけど、アホだけど。意味がないのかもしれないけど。彼らの闘いを読んでいると、心の中に、かつて忘れてしまったような、懐かしい感覚が思い出されるのです。ひょっとしたらそれは、何万年もの昔、狩人であった、喰うために戦わなければならなかった、動物としての本能の感覚なのかもしれないなあ、とか読み終わって思います。この小説を読んでいると、そういった感覚がふつふつと、心の中に燃え滾ってくるのです。
これほど熱く、面白く、かつ素晴らしい小説は、そうそうないことでしょう。『ベン・トー』、大傑作です。これからは絶対に、飯を瑣末なものですませたりしません。「ああ、メンドくせえな」とか思いながら喰ったりしません。しっかり、栄養のあるものを、一粒一粒噛み締めて食べよう、そう心に誓いました。面白かったです。ありがとうございます。続刊も楽しみにしています。

追記

少し、冷静に考えると、この小説はそんじょそこらのそれとは何かが違います。キャラクタの性格付けがゆるぎないほどしっかりしていて、まったくブレていないんです。一人ひとりが、完璧に形作られている感じ。まったく不安になることなく、読み進めることができました。
イラストも、常に熱い文章に、ときにミスマッチに、ときにがっちりかみ合うように、ギャグとシリアスの絵柄を使い分けていて素晴らしいです。ひょっとしたらいつの日かこの作品は、『学校の階段』みたいに実写映画化とかされるかもしれません。けれどそれはきっと、原作から大幅に落ちた、三文シュールギャグのようなモノになってしまうでしょう。それほど、この作品はこの一冊でしっかり完成されています。
何度も言いますが、傑作。激烈に面白いです。ぜひ読んでください。