『ばけらの!』 杉井光

ばけらの! (GA文庫)

ばけらの! (GA文庫)

なんてひどい仕事なんだろう、と思う。どんな最悪の気分のときでも、こうして自分が打ち込んだ文字の羅列の中に首まで浸かってしまえば、読む人を笑わせたり、泣かせたり、夢中にさせることばかり考えてしまう。

とあるライトノベルレーベルからデビューした新人作家・杉井ヒカル。その新人賞の受賞会場のトイレで、彼はケモ耳尻尾の美少女・葉隠イヅナと衝撃的な出会いを果たす。驚くべきことに、このレーベルで執筆している作家達は、大半が人間ではなかったのだ!?それから月日が流れ、化け物作家連中と、一つ屋根の下、オンボロアパートで共同生活を送ることになったヒカル。麻雀好きなアンデッド、エロコメ作家の座敷童などなど、非人間な同業者たちに振り回される彼の明日はどっちだ!?
魑魅魍魎が闊歩する池袋で繰り広げられる、笑いあり涙ありの作家コメディ、遂に開幕!


給料が入った後、追いかけてるシリーズ以外に、ひとつ余計に本を買うのってちょっとした贅沢…。で、その本が予想外に当たりだったときはその余韻もひとしおですよね。
というわけで、一部のネット界隈に物議を醸した問題作、『ばけらの!』読み終わりましたでございます。
明らかに、作者の杉井さんと、仕事場を共にする同業者さんたちをネタにしてるとしか思えないあらすじで、その辺の作家事情に詳しいラノベ読みさんたちから注目されていた当作品。作家の楽屋ネタが大っ好きな自分としては、あまり知らない作家さんと言えどけっこう気になってた作品で、今回思い切って買ってしまったわけですが。
結論から言えば、面白かったです。
もっとイケナイ方向にぶっ飛んだ私小説的なネタ本を期待していたのですが、実際はキャラの造形に作家さん達のモチーフが組み込まれた程度の普通のラブコメディで、モデルになった作家さんたちをよく知らなくてもごく単純に楽しめる内容になっていたと思います。もちろん、各々の言動は元ネタを知ってればニヤリとできること確実だとは思いますが…。自分も、イヅナとつばさの元の人は知ってたのでその辺にはニヤリとしましたが、その他のネタについても、行間を読むような感じで知らないなりに楽しんで読むことができました。むしろ逆に、この作品をキッカケにして、モデルになった各作家さんの作品に入っていっても、また違ったニヤニヤ感を堪能できるのではないでしょうか?
作家ネタを無視して考えると、ちょっと内容が薄いかなーとも思いましたが、ラブコメラノベとしては結構良質なモノになるのかも。第四章のラストとかちょっと泣きそうになったですよ?ありがちと言えばありがちなのかもしれないけれど、こういうメタなネタ、自分は案外嫌いじゃないぜ?
人によっては「楽屋ネタかよ」とか「馴れ合いやめろ」と言った意見もあるかもしれませんが、知ってる人も知らない人も、どちらにも受け入れられるような絶妙なバランスの作品になっていたと思うので、そういうのが嫌いな人も一読の価値あり、かもしれません。ていうか言ってしまいますけど、自分はラノベレーベルも、こういう系統の作品をばしばし出していくべきだと思うんだ。これは自説と呼ぶにもおこがかましい勝手な考えなのですけど、ライトノベルって、小説という媒体のミニマム版、みたいなモノだと思うんですよ。アニメ調のイラストが表紙を飾ることが多いので、なんとなくラブコメディの割合が高かったりしますけど。時代も進んで割と自由な気風になってる今だからこそ、自分自身をネタにした私小説とかも、本家本元の『小説』界隈のように、もっと精力的に出していってもおかしくないんじゃないかなーとか思ったりするんですけど。さすがにそれで新人賞を受賞するのは無理があるかもしれませんけどね(笑)。
そういえば、中村うさぎさんとかは、ラノベ作家からエッセイ作家に転向した最初のはしりですよねー…。



ちなみに元ネタがわからなかった方は、こちらを参考にするといいと思われます(平和さん、お疲れ様です!)。
ネタ満載な「ばけらの!」元ネタ解説一覧 @平和の温故知新@はてな